インフレと賃金上昇が示す日本経済の課題

現在の日本におけるインフレと賃金上昇の問題は、経済全体の基盤に関わる重要な課題として、とても注視しています。2024年初めにおいては、物価上昇が続く一方で、賃金上昇のペースがこれに追いつかないという構図が解消されていませんでした。この状況が個人消費や中小企業の経営にどのような影響を与えているのでしょうか、改めて考える必要があると感じています。

まず、現在のインフレは、エネルギー価格や原材料費の高騰といった外的要因による部分が大きいと言われています。特に円安の影響の拡大により輸入品価格の上昇が国内の物価を押し上げています。このような状況の中で、企業は価格転嫁を進めるしかなく、消費者の負担感がかなり高くなっています。総務省の統計によると、消費者物価指数(CPI)は前年同月比で3.0%(※1)の上昇を記録していて、多くの方が生活費の増加を"実感"している状況となっています。

一方で、賃金の上昇はどの程度進んでいるのでしょうか。日本政府は「新しい資本主義」の一環として賃金上昇を促進する政策を打ち出し大企業を中心に賃上げの動きが見られるものの、その恩恵が中小企業や非正規労働者に行き渡っていないと感じています。厚生労働省の統計によると、2023年の1人当たりの賃金上昇率は平均約2.1%(※2)にとどまっています。さらにこの上昇率にはボーナスや一時的な手当も含まれていることもあるため、基本給の実質的な増加をより実感しづらく、この数字が示す以上に多くの人において「生活が厳しい」と感じているのが現状ではないでしょうか。

さらに、賃金上昇と物価上昇の関係について考えるときに見落とせないのが、可処分所得(手取り)の減少の視点と考えています。賃金が上昇しても、それ以上に社会保険料や税負担が増加すれば、家計の負担が大きくなります。特にインフレによる価格上昇が日々の生活費に直撃している現状の中では、賃金の上昇がその負担を完全に相殺するにも至っていないと言えるでしょう。このような状況は個人消費の停滞を招き、経済全体の成長を阻害するリスクも伴っています。

中小企業に目を向けると、賃金上昇の実現がさらに困難となっているのではないでしょうか。大企業とは異なり人件費の上昇を価格に転嫁する力が弱く、経営や財務の基盤そのものが揺らぐ可能性が高い状況にあると考えたからです。また、多くの中小企業では価格転嫁が難しく売上が伸び悩む中で、人件費やエネルギーコストの増加に直面しており、その結果、従業員の賃金や待遇改善が後回しになりがちになります。さらに、業種や地域による格差も顕著となっており、一部の事業者はコロナ禍の影響から回復しつつあるところがあるかもしれませんが、それでも完全な回復には時間がかかっているケースがほとんどであると想像しています。

このような中で、政府では、賃上げ支援パッケージや中小企業向けの賃金引き上げの支援金制度が、賃金上昇を後押しするための重要な施策と位置付けています。しかし、実施されている制度についての支援策の利用率が低く、その詳細な効果についてはさらに改善が求められます。企業が制度を活用するためには、申請手続きの簡素化や、情報提供の充実が大切であると感じています。

また、インフレや賃金上昇の問題は経済的な課題だけではなく、社会全体の価値観や幸福感とも密接に関連しています。例えば、物価が上昇しても、同時に教育や医療、住宅といった生活の基本的な部分の負担が軽減されれば、少なからず生活しやすい環境になります。しかし、これらの分野での負担も増すばかりで、たとえ賃金が上昇しても生活の厳しさは続くものと想像しています。

日本経済が持続可能な成長をしていくためには、インフレと賃金上昇の「バランス」をどう取るべきかが問われているでしょう。政府や企業の努力だけでなく、個人としても経済や政策について関心を持ち、現状をより理解して未来に向けて考えていくことにより、より公平で幸福感の高い社会が実現することを願っています。

出典
※1 総務省統計局「2020年基準 消費者物価指数 全国 2023年(令和5年)平均 」(2024年1月19日発表)
https://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/nen/index-z.html
※2 厚生労働省「令和5年賃金構造基本統計調査」(2024年1月24日発表)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2023/index.html